HOME

 

グループ発表課題レポート 2005年、2006年の「格差社会論」

2010年8月16日 久慈桃子

 

 

目次

 

はじめに

雑誌論文まとめ

1−1.「格差」の見方

1−2.雑誌論文から観る「格差」

(1)「人生格差」

(2)フリーターとして働く理由

(3)格差の「固定化」

(4)対策

2章.新聞記事まとめ

2−1.労働運動とOECD報告書

2−2.世論調査から見る「格差」

(1)「格差」を感じる理由

(2)「下流」と感じる理由

(3)格差拡大は現実か幻想か

おわりに

 

 

はじめに

「格差社会」とはどのような社会なのか。日本には本当に「格差」が存在するのだろうか。2006年(平成18年)、「格差社会」という言葉が流行語トップテンを受賞した。[1]受賞したのは、パラサイトシングルや格差社会について多くの著書をだしている東京学芸大教授の山田昌弘氏である。ユーキャン新語流行語大賞のホームページには「これまでの「一億総中流」が崩れ、所得や教育、職業などさまざまな分野において格差が広がり二極化が進んだといわれる。市場原理を重視し、改革・規制緩和を進めた小泉政治の負の側面との指摘もある。」と説明が書いてある。しかし「格差」とは一体何なのか。本当に日本には「格差」は存在するのだろうか。このレポートでは、2005年、2006年刊行の『週刊ダイヤモンド』、『エコノミスト』、『論座』の記事引用、2005年、2006年の読売新聞、朝日新聞の記事引用を用いて、この2年間における「格差論」についてまとめていく。

 

1章.雑誌論文まとめ

1−1.「格差」の見方

 2005年9月20日発行の『エコノミスト』のある記事に次のような記述がある。

05年の厚生労働省「賃金構造基本調査報告」によると、正社員(常用労働者)とフリーター(パートタイム労働者)の平均年収は、男性では正社員が40代後半にかけて700万円弱まで増えていくのに対して、フリーターは30代になると頭打ち傾向となり、ピーク時でも200万円に満たない。賃金構造基本調査を基にした試算では、高校卒業後直ちに就職し、正社員として同一企業に60歳まで働き続けた男性の生涯所賃金は約2億3200万円、高校卒業後、就職せず、60歳までパート・アルバイトを続けた男性の生涯賃金は約6300万円である。」[i]

つまり単純に考えて正社員とフリーターでは1億6900万円の生涯賃金差があるのだ。驚くべき差である。

後に詳しく触れるが、2005年〜2006年時点で「格差」は統計的にも国民の実感としても広がりつつあると言われていた。しかし2006年年明け、小泉元首相が「改革による格差拡大はみられない」と発言し、大きな論争を巻き起こした。内閣府が製作した資料[2]によると、所得格差は「統計上緩やかな拡大を示しているものの、主に高齢化と世帯規模の縮小の影響による『見せかけ上の問題』」であるというのだ。確かに「ジニ係数」[3]は「1980年代から趨勢的に上昇しており、これだけでは小泉改革と格差拡大の因果関係を見出すことはできない。また、高年齢層ほど所得格差が大きいことから、高年齢世帯のウェートが高まれば、マクロの格差を見せかけ情拡大させることも疑いの余地はない。世帯規模の縮小の影響についても、例えば単身世帯の増加により低所得世帯の量的増加が見られれば、同様にマクロの格差を見せかけ上拡大させることになる。したがって、統計で見る限り、内閣府資料に基づいた政府見解は正しいといえる。」[ii]この統計と実感の乖離の理由は「第一に、統計のサンプル対象が鋳所得者層に偏っている点」、「第二に、高成長化での格差拡大より低成長化での格差拡大のほうが、実感として「格差拡大感」を受けやすいこと」が考えられる(引用:注6に同じ)。しかし私は、ここで注目すべきなのは同じ統計結果を使っても解釈によって「格差」の実態はどうにでも変わるということだと考える。「格差」とは非常に捉えづらい現象なのだ。この先様々な資料を基に「格差」の現状を見ていくが、そのまま鵜呑みにせず、あくまで一つのみかたであることを忘れてはならない。

 

1−2.雑誌論文から観る「格差」

(1)「人生格差」

 ここからは格差の「実態」について詳しくみていく。正社員と非正社員の賃金の差については前述したとおりだが、他にも社会制度の面で差が見られる。2005年5月31日発行の『エコノミスト』のある記事[iii]によると「例えば、公的年金には20歳以上の国民すべてが加入を義務付けられている国民年金と、民間企業に勤めるサラリーマンが加入する厚生年金がある。正社員の場合、1階部分の国民年金に加えて、2階部分の厚生年金、さらに企業によっては3階部分の企業年金が上乗せられており、老後の生活が支えられている。それに対して、短時間のパートタイマーや短期契約の派遣社員、アルバイトなどの非正社員は1階部分の国民年金だけで、最低限の生活をするのに必要な資金がなんとか確保されているにすぎない。」「また、職業訓練やハローワーク(公共職業安定所)・サービスの充実、失業者に対する失業保険給付などを事業の柱とする雇用保険は、労働者を雇用する企業すべてに加入が義務付けられている。しかし短時間のパートタイマーやアルバイト、雇用期間4ヶ月以内の日雇い・臨時労働者には適用されないことから、例えば、フリーターがスキルを身につけようと思っても教育訓練給付金を利用することはできない。」さらに厚生労働省「厚生労働白書」によると世帯主がサラリーマンの夫婦は月額21万2千円の年金をうけとることができるが、世帯主がフリーターの夫婦は月額で13万2千円しかうけとることができない[4]。この「収入格差」が「人生格差」をもたらすという次のような指摘もある。

「ライフステージに従っていうと、まず、婚姻に影響する。フリーターの婚姻率は低く、樋口、酒井氏によれば[5]20代後半でフリーターを経験した男性の5年後の婚姻率は28.2%に対して、正社員は48.3%である。経済力のなさが婚姻を阻害する、いわば「結婚格差」を生む可能性がある。また、結婚したとしても、その後に大きな問題となってくるのが、子供の教育である。………04年の総務省「家計調査」によれば、40代後半〜50代前半のサラリーマンは教育費に月平均6万円以上も支出しているが、フリーター世代はこれだけの支出に耐えられるだろうか。お金をかけた教育がすべてではないが、親の「収入格差」が子供の「教育格差」につながる可能性がある。そして教育格差は、のちの子供の収入に影響してしまうかもしれない。………そして、老後の生活である、年金の格差や貯蓄の格差が、老後の「生活格差」につながっていく。低所得のフリーターにいたっては貯蓄を形成することもままならず、退職金もない。そのうえ、老後にもらえる年金にも正社員との格差がある。年金保険料を支払っていなければ、年金をもらえず、生活保護を申請することになるかもしれない。」(引用:文末脚注@に同じ)

 

(2)フリーターとして働く理由

 ではなぜ若者はフリーターとして働くのだろうか。2006年4月発行の『中央公論』に掲載された三浦展氏と本田由紀教授の対談[iv]では、若者の意識と就職活動の困難さについてふれている。

 三浦氏は『下流社会』の著者として注目を集めた方だ。彼自身は若者が「自分らしく生きること」については賛成であった。だから「若者がフリーターとなり、生活水準が低いとしても、自分が好きなことをやって満足しているなら、問題ないのではないか、とかつては思ってい」た。しかし実際に30〜34歳の生活満足度を調査してみると、フリーターの生活水準意識と生活満足度は比例していた。フリーターの階層意識は全員が「下」であり、「個性・自分らしさ」を求める人ほど、自らを「下」だと認識していた。ここから言えるのは、まず「フリーター=自分探しをしている若者」という図式はもはや成り立たない。そして、「自分らしさ」にこだわった結果として下流になるのではなく、下流だから「自分らしさ」を求めるしかない、ということだ。本田氏によるとこのような若者の状況は雇用環境に原因があるといえる。

1985年に発表された経済企画庁の報告書の中にすでに、91、2年ごろに18歳人口のピークを迎える団塊ジュニア世代の中から学校卒業時に職を得られない若者が大量に出現することへの器具は示されていました。しかしその直後、バブルを迎えたことで企業は大量採用に走り、この問題はかなり解決されたかに見えました。

しかしやがてバブルは崩壊し、団塊ジュニア以降の世代の採用が急激に抑制されました。主に70〜80年始め生まれの彼らこそ、現在の若者における雇用問題の核であり、「ロスト・ジェネレーション」「失われた世代」と言えるのではないでしょうか。」(引用:脚注10に同じ)

一方三浦氏は「自分探しに熱心になるあまり、自分の好きなことが見つからないと仕事につかない、という状況に陥るのは問題だと思う。悩むのはほどほどにして、まずは社会に飛び出すことも必要じゃないか。」と若者の意識があると述べている。しかし先に本田氏が指摘したように、当時はとりあえず社会にでようとしても、気楽に仕事を始められない状況があった。例えば本田氏によると、現在の採用試験ではコミュニケーション能力をはじめ創造性や意欲といった、測定が難しく身に付けるための道筋も定かではない能力を求められる。昔なら少しくらい話し下手でも、じっくりものを考えるとか他に優れた面があれば採用されたが今はそうはいかない。また、そうした能力を持っていても、自分を偽ってまで就職することに違和感を覚える学生もいる。そこまで身をすり減らさないといけないならそれに耐えられるくらい好きなことでないと仕事にできない、と考えてしまうのも無理はない。このことを三浦氏は、企業と若者の意思が意図せず一致してしまっていると指摘する。つまり「若い人は好きなことを仕事にしたい、それなら頑張れる、正社員になりたいが、そうでないならフリーターでよいと言う。企業側は、やる気が前面に出るタイプだけを正規雇用して、他はなるべく非正規雇用で済ませたいと考える。もし企業側が正社員を増やしたいと思い、若者もそんなに好きなことでなくてもとりあえず働こうと思えば、現在のような状況にはならない。企業だけに原因を求めて済む問題でもない」というわけだ。

 つまり、彼らの対談によると現在格差社会の「下流」にいると考えられているフリーターは「自分らしさ」を求め自らフリーターの道を選んだ面と、フリーターにならざるを得なかった面がある。しかし大部分は企業側、つまりバブル後の雇用抑制という時代の流れに原因があると私は考える。若者の意識改革もさることながら「景気が良くなってきたのだから、彼らをちゃんと雇用しよう。そのためのコストを分かち合おう」という、教育機関、企業、行政を挙げての改革が必要とされるのではないだろうか。

 

(3)格差の「固定化」

ところでこの頃、格差がこのまま「固定化」してしまうのではという指摘が出始めていた。三浦氏も対談の中で「現在、若者の中で開きつつある格差が固定化するだろうか、と考えたとき、正規雇用と非正規雇用の壁が残る限りはその可能性が高いと思う。」と述べている。先に述べた収入格差による「人生格差」がその一例であろう。フリーターのように、定型的業務や単純作業の経験しかない人はそれだけ技能の取得・蓄積も遅れていると考えられ、正社員の職を得ることは難しい。とりあえずのつもりでアルバイトや派遣社員になった人がそのうち就職したくても就職できなくなり、低コストの労働力から抜け出せなくなってしまう可能性は高い。ここでは格差の「固定化」についてさらに詳しく見ていく。

 樋口、酒井氏によれば[v]20〜24歳にフリーターであった人が5年後もフリーターである割合は、男性で58%、女性で57%となっている。25〜29歳では男性で55%、女性で54%と、就職や結婚で上昇にいったん歯止めがかかるが、やはり5割を超えている。それが30〜34歳になると、男性で75%、女性で70%がフリーターのままであり、30代になるとフリーターから抜け出すことが極めて難しくなる。」

 「ジニ係数」に注目して分析した記事[vi]もある。コーホート分析[6]という手法を用いて、所得の不平等度を表すジニ係数を、時代効果[7]、年齢効果[8]、世代効果[9]に分解したものである。具体的には、「全国消費実態調査(二人以上世帯)」にある五歳階級別ジニ係数により、89年、94年、99年、04年の4時点標準コーホート表を作成し、三つの効果に分離する。記事によると、「分析の結果、有意かつ大きく効果が出たのは、年齢効果と世代効果である。今回の分析の結論として、@加齢に伴うジニ係数の上昇が見られること(年齢効果)、A生まれ年が後の世代ほどライフサイクルの初期時点での不平等度が大きいこと(世代効果)―の二点を挙げることができる。つまり、……世代効果の大きさを見ると、若年層の二極化も格差要因として無視できないものとなってきているのである。……このように、ライフサイクルの初期辞典にある若年層で格差が拡大し、将来にわたりそのまま回想が固定化すれば、「格差の蓄積」により全体としての所得格差が今後さらに拡大する可能性が高い。現時点における若年層の二極化は、将来格差拡大の温床となってしまうことに目を向けるべきである。」

 これらの記事から、若年層の「格差拡大」が進んでいること、そしてそれが「固定化」につながるのではないかという懸念が読み取れる。では、格差がそのまま固定化された場合、どのような問題が生じるのであろうか。次のような記述がある。

 「まず考えられるのは、機会の不平等による労働意欲の低下、活力減退が挙げられる。それに関連して、能力開発など職業スキルを磨く機械を逸失する若年層の増加は、人的資本の劣化を招き、中長期的に日本経済の潜在成長率を押し下げる可能性がある。そのほか、貧困層の増加による社会不安の高まりについても、格差拡大の問題点として挙げられよう。また、若年層の二極化により晩婚化、非婚化がさらに進めば、出生率の一段の低下が不可避となる。格差問題、若年雇用問題、少子化問題はそれぞれ軌を一にしているのである。

 さらに、もし中長期的にマクロの所得が回復しても、所得格差が拡大すれば、消費の回復が抑えられてしまうことも格差拡大の問題点として挙げられる。つまし、所得格差が拡大し、消費性向が相対的に低い高所得層の所得がさらに増加する一方、消費性向の高い低所得層の所得の伸びが抑えられれば、格差一定のままマクロ所得が同じだけ増加した場合と比べて、マクロベースで見た消費支出の伸びは抑えられてしまう。」(引用:注F)

 他の記事と比べて少しマクロな視点ではあるが、日本でも格差の「固定化」、つまり社会の「階層化」が進んでおり、それは将来的に観て日本の経済成長に大きく影響を及ぼす事態であることがわかる。但し、次のような指摘もある。

 「日本では、機会の不平等が所得格差を生んでいるのかどうかといった、世代を超えた階層固定化を検証するためのデータが不足している。代表的な調査を見ても、親子に世代の所得データを収集している例はなく、所得格差の継承という意味で、階層固定化を客観的・統一的に検証することが難しい。……その意味で、日本では、世代を超えた階層の固定化や、その要因の一つと指摘されている教育のあり方に関する議論が、精神論に落ちってしまう危険性があるといえるだろう。」[vii]

 この点は十分に踏まえたうえで対策を考えていかなければならないだろう。

 

(4)対策

 ここでは、雑誌論文で述べられていた格差是正の方法案についてまとめてゆく。大きく分けて3つ、@経済成長、A若年雇用対策、そしてB同一労働同一賃金の導入である。

 @まず経済成長と格差是正の関係についてである。2006年3月28日の『エコノミスト』の記事ではジニ係数による分析からその関連性の裏づけを示している。

「「就業構造基本調査」(総務省)より算出すると、1987年から92年にかけて、20歳〜24歳のわずかな上昇を除けば、ジニ係数は低下している。バブル期に格差はおおむね縮小したのである。その後、97年までは20代では若干の上昇に転じ、97年から2002年までは各年齢層とも目立って上昇している。……「労働力調査」(総務省)からジニ係数を求めてみると、男性25〜34歳(自営業を含む)の収入のジニ係数は、02年の0.243から03年に0.249に上昇した後、04年に0.247、05年に0.249とほぼ横ばいになっている。……ジニ係数の上昇に歯止めがかかったのは、景気の回復、拡大と、それに伴う雇用情勢の好転が背景にあると見られる。現在、景気は拡大期にあるが、内閣府によると、この回復、拡大が始まったのは02年1月である。それに少し遅れて雇用情勢が改善しはじめた。失業率は03年に12年ぶりに低下した。派遣・契約を含む非正規化の流れが止まったわけではないが、フリーター増加のテンポは鈍化した。経済の回復、拡大と所得格差の動きには関連があるようだ。……97年から02年に格差が拡大しているが、この間の日本経済はかつてないような厳しい状況にあった。その意味で、所得格差が拡大しないようにするためには、経済の持続的成長を確保することが重要だ。」[viii]

つまり、経済成長の長期停滞、長引くデフレの影響によって所得の低い非正規雇用者が増えたことを考えると、マクロ所得の源泉である経済成長が格差是正の「良薬」になるだろうということだ。

 A続いて若年雇用対策についてである。(3)で述べたように、若年層の格差は将来の格差の固定につながる可能性がある。政府、教育機関、企業は一丸となって若者がフリーターやニートから抜け出せるよう対策をとるべきである。具体的な対策の中身としては、学校教育のあり方の見直し、職業仲介機能の強化のほか、労働需要の高い産業における職業訓練の実施、そして劣悪な労働条件の改善などが挙げられる。

(2)で述べたように、現在企業は「対人能力」の高い人材を求めている。それならばコミュニケーション能力の育成を学校の教育カリキュラムに取り入れるべきである、という考えがある。特に「職業専門教育」が注目されている。コミュニケーション能力というのは直接取得しづらいものである。しかし、例えば工業専門高校のように現場でのスキル取得から、日本のものづくりについてという抽象的な内容まで三年間にわたって同じ集団で学ぶことによって、コミュニケーション能力がみにつくのではないか、という考えだ。また、私は、現在大学進学率が増加していることを踏まえ、大学教育に職業専門教育を取り入れてゆくべきだと考える。インターンから一歩踏み込んだ「日本版デュアルシステム[10]」の導入を模索していくべきだろう。但し、この教育改革を行うためには、企業側が「採用基準の明確化」をする必要がある。また、学校が就職のためだけに教育を施すことに対する反発もあるだろう。この問題については議論を進める必要がある。

この他に、現在すでに学校を離れている人たちへの対策も必要である。現在日本の若年労働市場は非常に閉鎖的であり、企業は新卒採用にほとんど枠を絞っている。その枠からもれて一度フリーターになった若者たちは簡単には正規雇用市場には入ることができない。彼らがそのまま例えば30歳までフリーターを続けて「正社員になりたい」と思ったとき、いわゆる「再チャレンジ」できる足がかりが今の日本にはないのだ。この理由は簡単である。例えば30歳までフリーターだった人でも飲食店やコンビニのリーダーなどを経験していて高い接客スキルや商品流通に関する知識を持っているかもしれない。しかしそれらはあくまで「分断された」作業能力でしかない。一方正社員は、名刺交換の仕方など社会人としての暗黙知的な振る舞いや総合的な知識、同時多発的に「雑用」をこなす能力が求められる。この能力を30歳の元フリーターに教えようとすると、時間もコストもかかってしまう。企業側にフリーターを正社員雇用するメリットはないのである。こうした問題を解決するためには、先に言ったように政府が職業訓練を提供したり、企業に助成金を出してフリーターの正社員採用を促す必要がある。

 次に労働条件の改善についてである。正社員と非正社員の賃金差についてはBで述べることとして、ここではそれ以外の労働条件の改善について具体的な事例をみて検討していく。2006年10月の『論座』[ix]に「若年労働の現場」という特集が組まれ、そこには厳しい労働環境が描かれていた。たとえば、現在の高齢化社会を支える「ケアワーカー」。ケアワーカーの仕事は平均的に賃金が低い。介護職員の月給は正社員で平均20万8000円、非正社員の常勤で16万3000円である[11]。また、平均勤続年数が3,4年と短いのも特徴である。彼らの仕事は「感情労働」といわれ、肉体的なきつさの上に精神的な緊張感が重なる過酷な労働であるのが原因だ。これらの改善方法として派、保険料の引き上げを伴う介護報酬を上げることと、厚生労働省が勧める「ユニットケア方式[12]」を「集団ケア」に戻すことが考えられる。この2つを実現することは非常に難しいし、ともすればさらなるケアワーカーの労働条件の悪化を招く。「相互行為としてのケア」を意識して考えていく必要がある。続いて「大工」の労働環境についての記事について紹介する。大工はいざ一人前に育ってしまえば人並みに稼げる仕事であるが、後継者が年々減っていること、人間関係がうまくいかず長続きしない若者が多いことと、不安定なことが問題点である。とくに不安定さは一番の問題点である。独立しても、一人親方なので雇用保険や労災保険がない。また収入はケガや事故、天候に大きく左右される。国は伝統工法の担い手となる大工技能者の育成を目指して「大工育成塾」をスタートさせたが、建設業界の人手が不足している首都圏で求められるのはコスト優先の家作りである。国はもっと実態に即した対策をとらなくてはならない。このように、若年労働条件の改善について、政府の対策が実態に即してない事例がいくつもある。もっと現場の声に注目した政策が求められる。

 B最後に今注目されている「同一労働同一賃金」の考え方についてまとめる。この考えは欧米では社会に広く浸透している考え方で、雇用形態にかかわらず同じ職についている人は同じ(か7〜8割の)賃金を受け取れるというものである。そうなると「パートタイマー内での格差が拡大するのでは」という批判が生まれるだろう。しかしそれが能力や実績に応じた結果の格差であれば、日本の現状よりはいくらか合理的だろうという考えだ。三浦氏によると「日本の問題は、非正規労働者の待遇が低いラインで平準化されていること」、そしてその非正規労働者の核を担う「失われた世代」の若者たちは「主婦や学生と状況が違い、自らで生計を営み職業キャリアを形成してゆくべき立場」であることだ[x]。彼らが自立して生きていけるだけの「最低限の収入」を社会全体で保障していくことがこれからの日本社会の課題なのかもしれない。

 

2章.新聞記事まとめ

2−1.労働運動とOECD報告書

「格差」をキーワードに2005年、2006年の記事を検索すると「メーデー」の言葉が多く目に付いた。メーデーとは4月末から5月頭に行われる労働運動であるが、この年は格差是正や小泉改革反対などの訴えが目立った。また、2006年7月に、経済協力開発機構(OECD)が「対日経済審査報告書」において日本の所得格差の拡大が経済成長に与える悪影響に懸念を示した。特に、所得が低い「相対的貧困層」の割合(2000年)は、OECD加盟国の中で日本が米国についで二番目に高いと分析したことは世間を驚かせた。政府は「算定に使った統計が国ごとに違うため、日本の貧しい層が飛びぬけて多いとは言い切れない」としたが、国民の実感とともに統計的にも格差が進んでいると認めざるを得ない状況になっていたことが伺える。ここからは主に読売新聞と朝日新聞の記事を用いて、2005年、2006年当時の「格差」に対する国民の実感と考えをまとめていく。

 

2−2.世論調査から見る「格差」

(1)「格差」を感じる理由

読売新聞が2006年3月に実施した世論調査では「日本に所得格差が広まっている」と思う人が計81.4%に上り、「そう思わない」という人は15.6%にとどまった。また、2006年6月に実施した調査[13]では今の日本は、誰でも努力をすれば、格差を克服できる社会だと思うか――では、「そうは思わない」が計65%に上った。実際に「格差」が広まっていたのかどうかは別であるが、少なくとも国民は「格差」の存在を感じとっていた。また、2006年5月の投稿テーマ「格差社会 どう思う?」には65通の意見が寄せられた。格差を感じる人の意見として、青森県のパートの女性(50)は「年齢が高くなると、仕事が変わるたび、収入や条件が悪くなる」とつづっている。仕事探しの段階で不公平を感じているという意見だ。他には「朝早くから働いているがなかなかお金にならない。大型連休といって何万もの人が外国に行けるのが不思議」(愛知県 自営業 56)、「小さな会社に勤める夫の退職金なんてあてにならない。ボーナスも旅行もない。体の不調を感じても医者にいくことができない」(埼玉県 パート女性 45)といった訴えがあった。雑誌論文の記事では見られなかった状況だ。一方「格差は広がっていない」と感じる人のほとんどは、「格差が広がることは問題ではない」と考えていた。特に、高齢者を中心に、戦中戦後と比較する意見が目立った。「私が子供の頃はほとんどの人が寒さに震える生活をしていた」(横浜市 会社員男性 72)、「差がつくのは努力が足りないからだと、子供のときから教える必要がある」(千葉県 主婦 78)などだ。また、投稿からは、価値観が多様になってきていることも見える。札幌市の主婦(35)は、もともと首都圏出身だが、バブル経済崩壊後、景気が落ち込んだ同市に移って10年になる。最近一戸建て住宅を購入した。「収入が多い=幸せ」とは限らないようだ。寄せられた投稿について東京大学助教授の白波瀬佐和子さんは「パートや自営業の女性など、家事にも追われて忙しい人がわざわざ書いてくるのは、日ごろの生活の中で不条理を感じているからだろう」とみる。白波瀬さんは、個人の業績他力量が正しく評価されたうえで所得差が生じるのは正当なことだという。それと同時に、例えば新卒でフリーターになっても正社員に再挑戦できるなど、チャンスの場を色々と準備すべきだと強調する。「投稿からもわかるように、人の生き方が多様になったからこそ、格差に敏感になった。ただ、格差の良し悪しだけを問題にしたり、政治的な議論にとどめたりするのは、不毛なこと。背景にある仕組みをじっくりと探ることが大切だ」と話す。

 

(2)「下流」と感じる理由

続いて、朝日新聞が2006年7月に実施したアンケートについてみてみる[14]。このアンケートでは「下流」という言葉をキーワードにアンケートを実施している。「今の暮らし、あなたの気持ちに近いのはどれ?」という質問に対して「下流」と答えたのは38.0%、「中流」と答えたのは60.7%、「上流」と答えたのは1.3%にとどまった。「中流」と答えた人の理由としては「衣食住に不自由していないが、知人の開業医は子を学費高額な私立医大へ。階層の固定化は困る」(東京都 メーカー社員 34)、「社会保障が削られ、日本全体の生活水準が落ちている。危機感ばかり増しており、気分は下流」(北海道 一級建築士 43)、「終身雇用が崩れ、先の見えない不安が格差社会を感じる根っこ。」(静岡県 主婦 47)といった「上流」との「格差」を感じて自分が「中流」であることを否定的に思っている人がいる一方で、「今日本で生活に困る人がどれだけいるのか。一部の裕福層をやっかむ人たちが格差を口にする」(神奈川県 システムエンジニア 27)といった「格差」に否定的な意見もあった。そして自分の気持ちを「下流」と答えた人の理由は「娘には何より「金がなくても人生を楽しめる力」を養いたい。それが格差時代を生きる自衛力だろう」(福島県 稲作農家 50)、「今は年金生活だが、戦後日本を支えた誇り高き下流。働く気のないニートと違い負け組みではない」(愛知県 元旅行会社部長 69)、「昔から格差はあるが、人をうらやまず、お金はなくてもプライドを持って必死で三人の娘を育て上げた」(京都府 無職 72)などで、自分の気持ちを「下流」と答えつつも、決して悲観的ではなく誇りを持っていることが伺える。これらのアンケート結果について、精神科医の香山リカさんは「約4割が「下流」というとかなり多い印象だが、「下流社会」という本が売れて流行語になったために抵抗が薄れた影響もある。ホリエモンら一部の富裕層との相対比較でそう感じる心理的に下流な人々も少なくない。……不満はあっても怒りはなく、自分を素直に「下流」だと認めてしまうから、大きなうねりや異議申し立てにはなりにくい。格差問題がポスト小泉の過大だといっても、そうした従順な下流層は為政者にとって、実は御しやすい人たちだとも言える。」とコメントしている。

 

(3)格差拡大は現実か幻想か

これらの世論調査結果をみてみると、「格差」または「下流」のイメージがそれぞれに違うために、例えば同じような生活状況にあっても「格差」を感じる人とそうでない人とがいることがわかる。定義が難しい言葉なだけに実態を捉えるのは困難なようだ。最後に、2006年7月26日朝日新聞の記事「格差拡大は現実か幻想か」についてである。記者は、「格差は広がっているが、まだ部分的である」というのが実態に近いと述べている。それよりも「格差拡大に過敏となり「負け組」になることを恐れるあまり、人々が非合理的な行動に走っているのでは」と懸念している。「パートや派遣社員の増加も必ずしも否定的にとらえるべきではない。高い能力と意欲を持つ主婦にとって、柔軟な勤務形態は子育てや介護と仕事を両立させる重要な条件である。問題なのは仕事の中身も生産性も変わらないのに、正社(職)員・非正社(職)員間の時間当たり賃金格差があまりにも大きすぎるという不均衡のほうだ。そのような非合理的な行動や思考こそが、格差を拡大させる要因の一つとなっていると思う。」というのが記者の意見である。

 

おわりに

 「日本に「格差」は存在するのか」という問いに対して、私は「イエス」だと思う。日本に格差は確かに存在する。但し、「格差」という言葉がメディアに多く取り上げられたこの時期、言葉だけが独り歩きしているように感じた。どんな社会にも「格差」は存在する、これは確かだ。問題なのはその「格差」そのものではなく、その「格差」を生み出している根本の原因である。例えば労働時間も契約条件も違うのだから正社員と非正社員に待遇の差があるのは当たり前である。しかし非正社員の賃金が生活していくに足りないほど低い場合、これは必ず是正すべき問題となるだろう。また、正規雇用市場と非正規雇用市場の分断も是正すべき問題だと私は考える。両方に欠点があり利点があるのだから、労働者が自分のライフスタイルに合わせて市場を選択できるのが理想的だと思う。

また、今回「格差」について30以上の雑誌記事と2年間の新聞記事を読んで、リアルな国民の生活状況と政府(または企業、学校など)の対策の乖離に驚いた。字数の関係で省いたが、記事には今日生きていくのにも必死な人たちの生活状況がリアルに描かれていた。その人たちを救うことができず、死にまで至らせてしまうような社会保障制度に意味があるのだろうか。政府は「格差是正」に取り組むよりもまず第一に、日本国民の「文化的で健康的な最低限の生活」を守るべく、社会保障制度の効果的な運用、国家予算の有用な割り当てに取り組むべきだと思う。(12,598字:題名、目次、脚注抜き)

 

 



[1] ユーキャン新語・流行語大賞。ちなみに2006年には「下層社会」、「勝ち組・負け組・待ち組」、「下流社会」、「貧困率」なども候補語に上がっていた。(『ユーキャン新語流行語大賞』http://singo.jiyu.co.jp/main.html)

[2] 「月例経済報告等に関する関係閣僚会議資料」、2006年1月19日公表

[3] ジニ係数とは所得や資産などの格差の大きさを表す指標のひとつである。「0」から「1」

の間の値をとり、1に近いほど格差が大きいことを意味する。(太田 清,「若年層の所得格差は97年以降に拡大していった」,『エコノミスト』,2006年3月号,pp.28-29)

[4] フリーター、サラリーマンともに国民年金に40年加入した場合。さらにサラリーマンは厚生年金に40年加入、平均標準報酬額が36万7000円である場合

[5]「慶應義塾大学経商連携21世紀CEO」が行った、全国の20〜69歳の男女4000人を対象にした就業や生活に関してのヒアリング調査に基づき、同大学の樋口美雄教授と酒井正氏(大学院生、当時)がまとめた「フリーターのその後;就業、所得、結婚、出産」(2004年)

[6] 年齢階級別に区分された時系列データから、調査時点の感覚と年齢区分の幅が一致するように配置した標準コーホート表を作成し、時代効果、年齢効果、世代効果の三つの効果に分離すること。

[7] 年齢や世代を問わず、社会全体が同じ方向に向かって変わっていく効果

[8] 世代や時代にかかわりなく、年齢によって所得の不平等度が異なる部分

[9] 生まれた年によって所得の不平等度が異なる部分

[10] デュアルシステム:職場での実習と学校での研修を同時並行で進め、仕事に必要な技能を効率的に身につけさせる制度。(日経 経済・ビジネス用語辞典/日本経済新聞社)

[11] 04年度『事業所における介護労働実態調査』(介護労働安定センター)

[12] 個別対応のケアを達成するための手段。厚生労働省は02年から特別養護老人ホームについてはユニット方式を基本とすることを決定した

[13] 【調査方法】▽調査日 617,18日▽対象者 全国有権者3000人(250地点、層化二段無作為抽出)▽方法 戸別訪問面接聴取法▽回収1815人(60.5%)

[14] 朝日新聞の館員組織「アスパラクラブ」会員に6月27日昼から30日昼までインターネット上でアンケートを実施。12003人から有効な回答を得た



[i]芥田知至,「フリーターがもたらす「人生格差」」,『エコノミスト』,2005年9月20日 p28

[ii]橋本択摩「政府は否定するが それでも所得格差は拡大している」『エコノミスト』2006年3月号pp.90−93

[iii]丸山俊,「非正社員と正社員「格差」の過去10年、今後10年」,『エコノミスト』,2005年5月31日,  pp.29-31

[iv]三浦展, 本田由紀,「「失われた世代」を下流化から救うために」,『中央公論』,2006年4月,pp112-124

[v] 「慶應義塾大学経商連携21世紀CEO」が行った、全国の20〜69歳の男女4000人を対象にした就業や生活に関してのヒアリング調査に基づき、同大学の樋口美雄教授と酒井正氏(大学院生、当時)がまとめた「フリーターのその後;就業、所得、結婚、出産」(2004年)

芥田知至,「フリーターがもたらす「人生格差」」,『エコノミスト』,2005年9月20日 p28より

[vi]Aに同じ

[vii] 小野亮, 「「階層の固定化」が世界中に広がっている」, 『エコノミスト』, 2006年11月21日, pp.82−83

[viii] 太田清, 「若年層の所得格差は97年以降に拡大していった」, 『エコノミスト』, 2006年3月28日, pp.28-29

[ix] 特集, 「若年労働の実態」, 『論座』, 2006年10月, pp.192-230

[x] Cに同じ